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医師の自殺・過労死

◆医師(医学生)の自殺・過労死◆

医療崩壊の悲惨な現状の一つです。
過重労働に耐えて質のよい医療を提供してくださる医師に心から感謝し、敬意を表します。
私は病気予防面から病気を減らすことで貢献してまいります。


<初めに> 
警察庁の自殺者統計によると、日本においては1998年から2007年まで10年連続で、毎年3万人以上の人が自分で自分の命を絶っている。2007年の自殺者数は33,093人で、前年より2.9%増加している。これを交通事故死者数と比べると、2007年の交通事故死者数は5,744人なので、ザっと6倍という数で、いかに自殺者が多いかがわかる。

日本の自殺率は世界的に見てもトップクラスで、OECD諸国の中で第2位、G8の中でもロシアに続き第2位で、これはアメリカの約2倍、イタリアやイギリスの約3倍という値である。

<自殺の原因>
日本人の自殺の原因で一番多いのは、健康問題(40%)で、次が、経済・生活問題(30%)、それに、家庭問題(10%)、勤務問題(6%)、男女問題(3%)と続く。

自殺に至る心理としては、心理的に追い詰められ、自殺以外の選択肢が考えられない状態に陥ってしまったり、社会とのつながりの減少や、生きていても役に立たないという役割喪失感や、与えられた役割の大きさに対する過剰な負担感から、危機的な状態にまで追い込まれてしまうという過程が考えられる。
また、自殺を図った人の直前の心の健康状態を見ると、大多数は、様々な悩みにより心理的に追い詰められた結果、うつ病、アルコール依存症などの精神疾患を発症しており、これらの精神疾患の影響により正常な判断を行うことができない状態となっていることが明らかになってきた。

<医師の自殺率> 
アメリカでは毎年300~400人の医師が自殺すると言われている。アメリカ全体の自殺率は、男性が10万人当たり23、女性は約6で、男性が約4倍高い。しかし医師では男女同率である。1984~95年の研究では、女性医師の自殺率は一般女性の2倍であり、男性医師は一般より70%高かった。デンマークでも、医師の自殺は、看護師や教員など他の20以上の職種に比べて高いという研究がある。

警察庁発表の「自殺の概要資料」によると、日本においても他国と同様、医師の自殺者はとても多く、日本人全体と比較したものを見るとそれがより明らかである。2007年の発表からは、医師の自殺率は医療・保健従事者と一括されているので正確な数字はわからないが、少なくとも2006年までは6年連続で一般の人達よりも高く、2005年・2006年の2年間では他の職業の1.3倍にもなっている。日本人の自殺率自体世界でトップクラスなのに、日本の医師の自殺率は、更にそれより30%も高いことがわかる。

<医師の自殺原因>
医師の自殺の原因としては、一般の人のような、健康問題や経済問題が第一とは考えにくく、最も考えられるのは、勤務問題からうつ病を起こし自殺するというパターンであろう。

医師になって間もない初期研修医についての調査で、研修開始から1~2カ月後、彼らの4割近くが抑うつ状態にあり、このうち8割は、研修開始後に新たにうつになったケースであることが明らかになっている。

医師がかかえるストレスとしては大きく分けて、3つある。
・「人間としてのストレス」=労働時間があまりに長すぎる
・「医師としてのストレス」=責任がとても重い
・「社会人としてのストレス」=職場の人間関係、患者と家族との人間関係

医師の世界には、「過酷な研修期間を乗り越えてこそ一人前の医師」という空気があり、また、「医者は身を削って働くものだ」という考え方も一般的である。うつになる人は、まじめで、几帳面で、成績もよくて、陰日向なく働く人が多い。このような人達を毎年90人自殺で亡くすことは社会にとって非常に大きな損失である。

<医師の過労死>
医師の場合、自殺と過労死は似たようなものである。現在、医師、特に勤務医の過重労働が問題になっているが、身近な医師を自殺や過労死で亡くした人はとても多い。

厚生労働省は2005年、病院勤務医4,077人の労働状況を調査した。それによれば、1週間で平均70.6時間の勤務、つまり法廷労働時間(40時間)を差し引けば、約30時間の時間外労働を行っていることが判明した。1カ月を4週間と少なく見積もっても、時間外労働は120時間を越える)。

労災認定基準(脳・心疾患で死亡した場合)によれば、
・発症前1カ月間に100時間を越える時間外労働をしていた。
・発症前2~6カ月間に平均で月80時間を越える時間外労働をしていた。

これらが認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価でき、労災として認定される。つまり医師の多くは過労死の認定水準を越えて勤務していることになる。
上記の労働状況は、勤務医へのアンケートによるものだが、勤務時間には宿日直時間は含まれていない。
過労死弁護団の松村正氏は、「労働基準法の労働時間の定めは、労働時間が適正に把握されていなければ意味がないにもかかわらず、勤務医の場合、病院が勤務時間を把握していないことが多い」と指摘。その上で、「労災認定を申請しようにも、弁護士は、勤務医のポケットベルや電子カルテへのアクセス記録、手術や麻酔の記録などから、間接的にしか勤務時間を把握できない。病院が勤務時間を把握していないことが、長時間勤務を生み出している元凶と言える」と語っている。

いつ過労死を起こしてもおかしくない状況にいる勤務医は、まず当直も含めて自分の働いた時間をこまめに何かに書いておく習慣をつけたほうがよいようだ。そして、家族や同僚、病院関係者にも仕事の大変さを伝えておこう。悲しいけれど、いざという時に役に立つように。

<労働基準法の抜け穴> 
医師の長時間勤務が常態化している背景には、医師不足のしわ寄せがあることは誰でもわかる。しかし、別のところにも要因がある。長時間労働に歯止めをかけるべき労働基準法が、機能していないのだ。

労働基準法は、週に40時間を越えて労働させてはならないと規定している。ただし、使用者が労働者と協定を結び、労働基準監督署の許可を得れば、この限りではない。これが、36(さぶろく)協定と呼ばれるものだ。

厚生労働省は使用者に対して、36協定を結ぶ際に「残業時間が月に45時間、年間360時間を越えないように」と告示を出しているが、これには法的拘束力がない。そのため、とんでもない時間を認めた36協定が結ばれているケースがある。前述の松丸正氏によると、「月に150時間、年間1800時間の残業を認める36協定を結んでいた病院さえあった」という。そして、労働基準監督署もそれを認めていた。

問題はほかにもある。多くの病院で医師を「管理職」扱いにしていることで、長時間残業が正当化されている実態がある。管理職は残業時間について労働基準法の適用外となってしまい、縛りがなくなる。ある労働基準監督署の担当者は、「医者はすべて管理職に該当すると解釈している病院もあるようだが、これは間違い」と語るが、そのような指導は必ずしも行き渡っていない。こうした二重の抜け穴があるために、病院が際限なく医師を働かせることが可能になっているのだ。

先に述べた自殺と過労死が同じようなものというのも、医師の自殺は過労自殺が非常に多いからだ。
働きすぎて精神を病んで自殺するか、心疾患や脳疾患で本人は気づかぬまま過労死するか、どちらにしても悲惨である。 

<宿日直の法的な問題点>
一昨年11月に東京で開かれたシンポジウム、「なくそう!医師の過労死」にパネリストとして出席した小児科医千葉康之さんは、「医師にとっての過重労働は当直問題だ」と訴えたが、昨今の当直時の患者の押し寄せ様を見聞きすると、確かにと、その感を強くする。

宿日直は労働基準法上、「通常の業務がほとんど行われない」という要件を満たすことを条件に、「勤務時間」に計上しないことが許されている。しかし、これは当直時に救急対応などが少なかった20~30年前の通達で、現在の当直の実態とかい離している。

医師の場合、宿日直勤務は、急患、あるいは、入院患者の症状の急変があれば直ちに対応することが求められている時間であって、患者の診療や手術など通常の業務を行うことも多い。その場合は「時間外労働」として勤務時間にカウントしなければならないはずだ。
ところが、患者に応対した5分や10分などの時間しか労働時間にカウントしない病院がほとんどで、その準備や事務作業などに係る多くの時間は、労働時間から切り捨てられている。その結果、実際の労働時間より勤務時間が短く算定され、労災申請の際など遺族側に不利になることがしばしばある。

警備員の仮眠時間については、最高裁判所は2002年2月28日の裁判で、仮眠時間は労働時間と認めている(大星ビル管理事件判決)。仮眠時間でも警報や電話などがあったら直ちに対応しなければいけない時間であり、労働からの解放が保証されていない時間だからという判断である。この判決からすると、勤務医の宿日直時間は仮眠時間中も含めて労働時間である。病院が宿日直について、労働基準局から、労働時間にカウントしなくてもよいとの許可を取っていたとしても、最高裁の基準からすると労働時間として評価されるはずだ。

<医学生の自殺>
医師の自殺ほど取りざたされてはいないが、医学生の自殺も実のところとても多いようだ。
「医学部に代表される6年制大学の学生は、4年制大学の学生よりも自殺率が高い」という調査結果が、内田千代子氏(茨城大)から発表されている。
国立大学の9割にあたる88校のデータで、1979年~2000年の22年間の自殺者979人、学生1万人あたり、1年あたりの自殺者数を比較している。

それによると、医学部、歯学部、獣医学部など6年制の学生の自殺は、男子2.3人、女子2.1人だった。これと比べ4年制では、男子は、文系1.8人、理系1.4人。女子は、文系0.6人、理系0.7人だった。この様に医学部などの6年制の方が、4年制より、男子で約1.5倍、女子では約3.2倍自殺者が多いが、医学生の場合、更にもう一つ隠れた問題がある。医学生は親が医者という家庭も多く、不幸にして子供が自殺した場合、正直に自殺として届け出ることは非常に少ないのではないかと思われるのだ。
医師はプライドの高い人が多いし、医師である親が死亡診断書を書けばそれでよいからである。

私も数年前、身近に医学生の自殺に遭遇したが、後日聞いてみると、病名は心不全になっていた。このように医学生の場合は、表に出ない自殺が非常に多いと推測されるが、残念ながらそれを知る手立てはない。
医学生は背負ってしまったものが大きい。親の期待もあるし、自分たちはすごく頑張って医学部に入ったという気持ちもある。もうこれ以上続けることができないと思った時、その敗北感は、親やまわりの失望感がわかるがゆえに、更に大きくなるのかもしれない。

<大学院生の場合>
医学部の大学院生は、医学部を卒業し、2年の卒後初期研修を終えてから、更に4年、院生としての研究がある。しかし医師が足りない現場では、他の医師と同じ仕事もこなさなくてはならない。だが医師でありながら学生という身分のため、いくら仕事をしても大学からは一銭もお金は貰えず、実習という名のただ働きで、生活費を稼ぐためにアルバイトに行くことになる。

2003年3月に起きた、鳥取大病院大学院生の前田氏の事故を見てみよう。徹夜で手術の助手をした後、そのまま車でバイト先の病院へ向かい、午前8時ごろ、見通しの良い国道のセンターラインをオーバーし、対向の大型トラックと正面衝突し死亡した。

前田氏の死亡直前1カ月間の時間外労働は、約190時間に上っていた。事故前日の記録によれば、徹夜で翌日の朝5時まで緊急手術の助手を務め、その後、回診を終えてからバイト先の病院に向かっている。事故が起きるまで、睡眠時間はほとんどなかったとみられる。
病院へ通勤する途中での交通事故死なので、父親は労災の一種である通勤災害の適用を申請した。しかし、労働基準監督署は、これに不支給の決定を下した。というのは、大学院生は、大学とは雇用関係になく、前田氏が行っていた医療業務は労働ではなく実習であり、前田氏は鳥取大の労働者ではないため、労災の支給は認められないというわけだ。

研修医は最高裁によって労働者であることが認められている。しかし、この事件が示すように、大学院生の医師の身分については、実態は労働者でも、そのようには病院・行政からは認められていない。
前田氏の場合、アルバイト先の病院の雇用者としての労災申請は可能と労働基準監督署は言うが、いつ過労死してもおかしくない長時間労働を余儀なくされながら、いざ死亡した場合は補償さえままならない、こんなことが許されてよいのだろうか。

<終わりに>
昨今、勤務医師の過重労働が非常に問題になり、日本の医師不足が明らかになって、国もようやく医学部定員増しに踏み切った。しかし、その効果が表れるのは、早く見積もって8年後からであり、すでに医療崩壊進行中と言えるわが国では、悲しいかな、その間にも医師の自殺は続きそうである。医療費抑制の手段として、医師の養成数を抑えてきた国の医療政策に一番の原因がある訳だが、我々医師も仲間が死んでいくのを手をこまねいて見ている訳にはいかない。

勤務医と開業医の協力体制を更に密にして、勤務医の過重労働を少しでも減らすよう協力が必要だし、病院は、勤務医の労働時間をきちんと把握し、その労働環境改善に真摯に取り組むべきだろう。燃え尽き症候群や立ち去り型サボタージュで医師がいなくなれば、結局は診療科や病棟を閉鎖、縮小しなければならず、収益が下がり更に苦境に陥るのだから。

医師の過労死を防ぐには、医療現場が労働基準法を順守することが一番だが、今の現場で一気にそれをやろうとすると、逆に医療が立ち行かなくなってしまう、という矛盾を含んでいる。しかし医師も「紺屋の白袴」ではないが、もっと一人の人間として、自分の心身の健康に気を使うべきだろうし、現場の大変さを一般の人に知ってもらうように、社会に向かってもきちんと声を上げたほうがいい。多くの過労死が生まれるような状況のもとでは良質な医療は提供されないことは、誰が見ても明らかである。

先にも書いたが、医師不足の現在、毎年90人の医師が自殺し、過労死などを加えると推定で100人以上が亡くなる(1医大の1年間の卒業生分)というのは、あまりにも大きな社会的損失と言えるだろう。
残念ながら、医師の労働環境をすぐに改善できるような解決策は見当たらない。しかし、医師自らが少しでも自分たちにできることをやり、また世間に訴えることで、一人でも自殺や過労死する人を減らせたらと願っている。

(出典:名古屋医報 平成21年3月1日 調査室委員 田中 三枝子氏)


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